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四川武候祠博物館

武候祠(ぶこうじ)は、成都市内の老南門外に建つ三国志で有名な蜀の氶相諸葛亮(字を孔明という、181~234年)の祠堂。敷地面積は3万7000㎡、周囲は赤い壁で囲まれている。

西晋時代の末期(4世紀初め)に建てられ、その後何度も破壊、再建を繰り返し、1500年以上の歴史を持つ。明代には諸葛亮の主君であった劉備を祀った漢昭烈廟に併合されたが、

これによって、主君と家臣を一緒に祀った中国南部でも珍しい祠堂となった。1672年(清の康熙11年)に再建された時に、祀る建物が分けられた。

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武候祠は南から北にかけて1本の道が大門、二門、漢昭烈廟、武候祠、三義廟を貫く構造になっている。入口(正門)の大門から真っ直ぐ進むとまず左右に明碑、唐碑と呼ば石碑がある。そのまま歩くと劉備、関羽、張飛の像が祀った漢昭烈廟で、その奥に諸葛亮とその子、孫の像が祀られた武候祠(諸葛亮殿)がある。最奥には義兄弟の友情を称える比較的新しい三義廟が建ち、劉備、関羽、張飛の像が並んでいる。

三義廟の西には孔明苑という緑の多い庭園があり、そこから南へ向うと恵陵と呼ばれる劉備の墓がある。高さは12m、周囲180mにも及ぶ巨大な塚だ。劉備の墓といわれる場所はここ以外にもいくつがあるが、歴史書の記述とも一致するこの場所が本物である可能性が高いという。

恵陵の近くにある三国史文化陳列室館では、三国史関連の資料の展示が行われている。

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また、大門を出て東側に行くと、古い町並みを再現した錦里という食堂街があり、四川の名物シャチ―が食べられる。

漢昭烈廟(劉備殿)、武侯祠、恵陵からなっている。戦火のため、現存する建物は清代康熙の1672年に再建されたものです。3.7万㎡の広大な境内には、南北方向の中軸線に沿って大門、二門、劉備殿、過庁、諸葛亮殿の五つ主体建築がある。 

大門と二門間の石碑

大門を通ると、生い茂る緑の中庭には六通の石碑があり、諸葛亮を称えた唐の809年に建立した石碑は、唐朝の名人宰相さんの裴度が作文し、書道家の柳公権が書き、彫師の魯建が彫ったもので、3人の傑作として「三絶碑」とも呼ばれている。

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劉備殿

二の門をくぐると、規模が雄大で広々とした劉備殿が目の前に見える。真ん中には金泥の劉備像が安置され、東側に関羽父子と周倉の彫像、西側に張飛子孫三代の彫像が立っている。東西の廊下には、蜀漢文臣の彫像14台、武将の座像14台がそれぞれ置いてある。

諸葛亮殿

劉備殿を出て、「武侯祠」という額が掛けられた居間を通り過ぎると、諸葛亮殿に着く。目の前に、鳥の羽で作ったうちわを手に持っている諸葛亮の金箔貼りの彫像がある。彫像の前に置いてある三つの銅鑼は諸葛亮が軍隊を率いて南へ遠征したときに作ったものだと伝えられ、「諸葛鼓」と呼ばれている。緻密な模様が彫られ、貴重な歴史文物だとされている。